- 対談
環境経済学と社会の関係 - 地域の復興を含む


近年、環境破壊や地球温暖化、異常気象などの問題が世界的に深刻化しています。国内外を問わず、地震や台風などの自然災害も頻繁に起こっており、私たちは常に災害のリスクと隣り合わせで生活しています。さらに、社会や生活が変化する中で、新たな問題が次々と出てきます。これから起こりえるリスクに対処し、地球環境を保護しながらも快適な生活を実現するために、環境保護と経済発展を両立させることを目指す環境経済学が注目されています。
この分野について、ハワイ大学マノア校で環境経済学を研究している樽井礼先生に、現代社会が直面する問題と環境経済学の関係についてお話を伺いました。
樽井 礼Nori TARUI
柴原 多Masaru SHIBAHARA
- パートナー
- 東京
80件余りの企業の再生・倒産案件を踏まえ、多角的な観点から、M&A、ファイナンスの調達、私的整理における金融機関とのコミュニケーションに尽力。また従来より、上記案件に加えて、幅広く利害の対立する事業継承...
1.始めに
柴原:今日はありがとうございます。「環境経済」と聞くと難しそうですね。なぜ、この分野を選ばれたのですか?
樽井:高校時代に大学経済学部の案内を通じて初めてこの分野に触れ、興味を持ったのがきっかけです。高校卒業後、ゼミの活動、交換留学や大学院進学を経て、環境経済学の研究者の道を選びました。その課程で、環境問題は「何らかの理由で市場が機能していない状況で発生している」ことを学びました。
柴原:環境経済学の研究は海外ではどのくらい前から始まっているのでしょうか?
樽井:海外での環境経済学の研究はかなり昔から始まっており、歴史的には「公共経済学」の一部として発展してきました。今日では、経済学の一つの重要な分野として確立されています。
特に、1990年代に硫黄酸化物による酸性雨問題が世界的に注目された際に、米国で始まった排出権取引制度は、経済的・市場メカニズムを応用した環境対策の先駆けとして、この分野における重要なマイルストーンの一つとされています。
2.環境経済と政治的スタンス
柴原:そういえば、アル・ゴア元副大統領が環境問題への取り組みで2007年にノーベル平和賞を受賞しましたね。アメリカでは、やはり民主党がこうした取り組みを牽引しているのでしょうか。
樽井:確かに、民主党が強いカリフォルニア州のような地域では、連邦規制より厳しい環境規制の適用が制定され、環境に対する意識も高いです。一方で、共和党が強いテキサス州でも、経済的な背景により風力発電が盛んになるなど、再生可能エネルギーへの取り組みが進んでいます。
柴原:樽井先生がお住まいのハワイはどうですか?
樽井:ハワイは比較的リベラルで、観光が重要な産業であるため、環境問題には敏感です。ワイキキビーチ訪問者へのアンケート調査によると、ビーチが失われた際の経済的損失は、砂浜の保全費用を大きく上回ると見られています。
また、離島という地理的条件から、主要なエネルギー源である原油は輸入に依存しています。その輸入コストが高いため、環境経済に対する関心も高まっています。
柴原:日本の状況はどう感じていますか?
樽井:かつては、日本の経済界から消極的な意見がありました。しかし、最近は様々な理由で変化しています。
例えば、 アメリカのIT大手4社GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)がクリーンエネルギーを重視し、取引先のエネルギー方針を検証するようになった事例があります。(詳細は※1参照)
この動向は、日本企業にとって重要な示唆を与えています。化石燃料に依存した現在の産業構造や社会構造を見直し、クリーンエネルギー中心に転換する取り組みである「グリーン・トランスフォーメーション(GX)」が求められています。転換を効率的に実現するためにも、前記のような経済的メカニズムの応用が必須となります。そのため、今後、政府がどのような形でGXの政策を設計し、実施していくのか、注目する必要があります。
柴原:「地球全体では寒冷期に向かうのでは」という話や「環境汚染と温暖化の間に直接的な因果関係は認められるのか」という疑問の声も聞こえます。その点は、どう考えていますか?
樽井:国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による報告では、地球温暖化に関する科学的な各知見について、世界中の科学者がどれだけ確からしさを確認しているか評価しています。最新の報告書にある大気モデル研究の総括によると、日射量など非人為的な自然要因にもとづく変動だけでは現在の気候変動を十分に説明できないことが明らかになっています。
これに対し、石炭や石油、天然ガスの燃焼や土地利用の変化による森林消失などの経済活動に伴う温室効果ガスの排出は、大気中濃度の上昇につながっています。そのような温室効果ガスの増加が気候変動に影響を与えていることも確認されています。
3.環境経済と社会の関係
柴原:環境と経済は深いつながりがあるということですね。環境経済学では、他に、社会との関わりという点ではどのようなことが研究課題となっていますか?
樽井:環境経済学研究は、社会的な公平性や消費者間の経済格差にも大きな注目をしています。例えば、家庭向け太陽光パネルや電気自動車(EV)が普及することで、化石燃料による発電やガソリンの使用が減少すれば、温室効果ガス排出削減への貢献になります。
しかし、太陽光パネルやEVは初期費用が高いため、豊かな人は買えても、そうでない人にとっては手が出しにくい投資であるといえます。所得税控除などの経済的措置は、このようなクリーンエネルギー投資を促進しますが、その恩恵は高所得層に集中していることが欧米の研究でも明らかになっています。
また、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを使った発電システムは、建設費が高く、日照時間などの自然条件に依存するため、安定した大量エネルギー供給が難しく、火力発電などに比べて発電コストが高くなってしまいます。それが、電気料金の上昇につながる場合も多く、クリーンエネルギー投資量が少ない所得層へのしわよせを増やすことになります。
(参考:『Tarui, N. Electric utility regulation under enhanced renewable energy integration and distributed generation. Environ Econ Policy Stud 19, 503–518 (2017).』
『Electric utility regulation under enhanced renewable energy integration and distributed generation』)
さらに、太陽光パネルを設置するなど、家庭部門での脱炭素投資についても、工事費などが高額になることがあります。特に、自然災害が多い日本では、維持や修理に多額のコストがかかることがあるため、留意が必要です。
一般的に化石燃料の利用に対する課税や炭素価格、省エネ促進策は、再生可能エネルギーへの補助金よりも費用対効果が高いとされています。欧州や中国で導入されているような二酸化炭素排出量取引は、炭素価格メカニズムの代表例です。同様のしくみが日本でも導入されるかどうかは、長期的に日本の産業競争力に大きな影響を与えるといえます。
2023年にハワイのマウイ島で発生した山火事は、自然災害がどのように地域社会や経済に影響を与えるかの一例と言えます。この災害は観光産業や地元の人々に大きな影響を及ぼしました。
柴原:マウイ島では、災害後に外部からの不動産購入が一時的に規制されたようですね。
樽井:はい。復興の原資が足りない被災家族が、現地での生活再開をあきらめて、家を外部資本に売却するケースがあったり、一時的にホテルに宿泊している被災者の恒久的住宅への移動が進まないなど、さまざまな問題があります。どのように復興していくかという問題に対して、連邦政府や州政府から支援等の様々な措置が取られています。
(詳細は※2参照)
柴原:「環境に基づいて経済も発展する」といっても、これらは実際、複雑な関係にあると感じます。①ハワイでは観光が重要な資源です。②外部からの開発が進むと、観光資源が荒らされて魅力を減少させることになります。③さらに、地元住民の経済コストも上がってしまうということですね。
樽井:日本でも東日本大震災や、最近では能登震災のような大きな災害が発生していますね。そのような地域の経済問題はどのようになっているのでしょうか?
柴原:東日本大震災では多くの方が被害に遭われました。それに伴い、地方の金融機関も大きなダメージを受けました。調整弁として東日本大震災事業者再生支援機構が設立され、当事務所からも弁護士が支援活動に参加していました。
樽井:復興における主な課題は何ですか?
柴原:例えば、住宅ローンの問題です。被災者は家を失いながらも(当然にローンが消滅する訳ではないので)返済を求められる一方で、ローンを提供している金融機関も大損害を受けています。このような状態で新しい借入れを起こすと、いわゆる二重ローン問題が発生します。
樽井:復興は順調に進んでいますか?
柴原:上手くいっているケースとそうでないケースがあるかと思います。
前掲機構による情報開示によると、2023年12月末の時点で、支援が決定された405件のうち314件が支援完了しています(77.5%)。(詳細は※3参照)
しかし、補助金を利用して新たに工場を建設したものの、事業が上手くいかず破産に至るケースや、コロナ禍の影響を受けた事例もあると聞いています。更にコロナによる需要減少を公的資金でカバーしようとすると、コストが上昇しインフレを引き起こすなど、複雑な状況が発生しています。
樽井:誰がどのように支援を行い、公平性を保つかは、非常に難しい調整が必要ですね。
例えば、ハワイの海岸周辺の住宅では、海面上昇にともなう洪水や高波、土壌侵食などの自然災害リスクが見込まれ、将来的には住宅の移転が必要になる場合も多いです。
そのような立ち退きや移転の費用は、住宅所有者と政府・納税者の間でどのように負担すべきなのかは近い将来大きな課題となります。そのような気候変動適応に対して地方行政がどのような対応をとることができるか、そして提供される支援が公平性を保つかどうかという問題が生じてくるでしょう。
4.小括
柴原:経済的な原因に基づいて破綻が生じた場合、債務者の自己責任と金融機関の目利きの責任の綱引きが中心となります。ここに環境が絡むと、さらに複雑な問題が絡んでくるんですね。
樽井:はい。環境問題が原因である地域が経済的に困窮する場合、①誰が責任を負うべきか、②苦境は個人で対応すべきか社会全体で支えるべきか、③その場合の公平性はどのように保つか、④地域の再建は可能か、⑤行政の財産問題はどう考えるべきかなど、多くの難しい問題が発生します。経済学・社会学・法学等様々な視野で考えていくべきでしょう。
柴原:国ごとで考える場合、同じ国民として予測不可能な事態に対して共に支え合うことは大切な視点です。一方で、その経済的な支出が財政を圧迫してしまうこともあります。全体のバランスをどう取るかも重要な議題になりますね。
ハワイを拠点に、世界各地で環境経済に関するセミナーを精力的に開催し、その分野の重要性を広く伝える。再生可能エネルギーや持続可能な開発に関して、高度な専門知識を有しており、国際的な舞台で活躍。その業績は幅広く、特に環境政策の形成において重要な役割を担う。
ハワイ大学マノア校 経済学部 教授として環境経済学、資源経済学、エネルギー経済学、国際貿易、応用ミクロ経済理論など多岐に渡り研究・教育に尽力。リサーチフェロー:ハワイ大学経済研究機構(UHERO)、co-director:再生可能エネルギーと島の持続可能性(REIS)大学院修了証プログラム、グローバル・カレッジ・イニシアチブ学部長上級顧、2021年9月、環境経済・政策学会優秀論文賞受賞。