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国際的な議論の場で多くの学びを。「国連ビジネスと人権フォーラム」

企業の「ビジネスと人権」を担当されている方から「人権問題の対応について具体的に何をどうすればいいのか、よくわからない」という声をよく聞きます。確かに、国連が定める「ビジネスと人権に関する指導原則」には企業に求められるアクションが詳細には記載されておらず、何を求められているのかがつかみづらいと思います。今回は、企業で「ビジネスと人権」を担当される方に、ぜひ参加してほしいフォーラムをご紹介します。

「ビジネスと人権」について考える国際イベント

毎年11月の最終週に、ジュネーブで「国連ビジネスと人権フォーラム」が開催されます。2024年で13回目を迎え、私は2018年から連続で参加しています。
ここでは、「ビジネスと人権」にまつわるステークホルダーが一堂に会し、現在世界で問題となっている諸問題を、3日間にわたって議論します。2024年のテーマは、「企業活動における人権保護のための『施策のスマート・ミックス』の実現」で、オンラインと対面のハイブリッドで開催され、対面参加人数は過去最高となる盛況ぶりでした。
今回は、フォーラムを運営するOHCHR(国連人権高等弁務官事務所)のお声がけにより、初めてスピーカーとして登壇する機会を頂くなど、新たな学びの機会も多くありましたが、以下の点が特徴的だったと感じています。

一つ目は、企業の参加者が非常に多かったことです。このフォーラムは、従前はNGO等市民社会の参加者が大半を占めていたと思いますが、今回は企業関係参加者が3割を超え、また、多くのセッションにおいて企業の実務における取り組みが紹介されるなど、企業関係者の存在感が増した印象を強く受けました。
二つ目は、参加者相互間の交流が強く意識されていたことです。私が登壇したセッションも、登壇者がメインで喋るのではなく、特定のトピックについて会場内にいる様々な専門家の意見交換を促す仕組みになっていました。また、専門家や所属セクター毎のネットワーキングの時間が設定されるなどの工夫がされていました。
最後に、2024年7月に制定された、EUのコーポレート・サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令(いわゆるCSDDD)にまつわるセッション等が多く、「CSDDD祭り」の様相を呈していたことです。本セッションのコンセプトである「スマート・ミックス」との関係でも、ハードロー(法的な拘束力のある法律・条例)であるCSDDDの注目度は際立っていました。

企業がフォーラムに参加する3つのメリット

企業がこのようなフォーラムに参加するメリットは大きく3つあります。

一つ目のメリットは、人権問題に対する解像度が上がることです。
このフォーラムでは、3日間にわたり会場内の3つの会議室で同時並行的に、計70弱のセッションが行われました。大きな学会の分科会会場を巡るように、自分が興味のあるセッションを選択して参加するのですが、興味深いセッションの時間がバッティングしていることも多く、一人で全てを回りきることはできませんので、複数人での参加がお勧めです。
会期中は、朝から晩までずっと人権問題についての話を聞き続けることになります。これだけの時間、この分野の専門家たちが語るリアルな話を聞いていると、世界がいま何を問題視しているのかということが、とても具体的かつ細部にわたって理解できるようになります。
今回とても興味深かったセッションが1つあります。そこでは、ダイアモンドのサプライチェーン・ビジネスモデルについて、採石から最終購入者に至るまでトラッキングができるシステムや、価格設定などを、既存のモデルを一から見直し、新たなモデルを再構築したというプレゼンテーションでした。
ごく短時間のセッションでしたし、自分自身、既存のダイアモンド事業については素人ですので、そのビジネスモデルの評価をすることはできません。しかし、「既存の(昔ながらの)ビジネスモデルを維持した上で、その中で人権侵害をどう防ぐか」という考え方ではなく、「そもそも人権侵害が発生しないように、ビジネスモデルを構築する」というコンセプトはとても斬新なものに感じました。
このような発想が当たり前になってくると、人権侵害が発生する可能性があるビジネスモデルを維持していること自体について、「本当にそれでいいのか?」が問われることになり、企業としても根本的な発想の転換が求められるようになるのではないかと思います。このような気づきを得られることも、フォーラム参加の大きな醍醐味です。

二つ目のメリットは、この分野に関する様々な関係者との交流の機会が得られることです。
フォーラムに何年も参加していたり、似たような関心領域のセッションに複数参加したりしていると、「前にも、この人に会ったな」ということが会期中に何度も起こります。こちらがそう思うということは、先方も同様に意識してくださっている可能性が高いです。名前が分からなくとも、目と目が合い、「やあ!」と手を挙げて挨拶をすることは一度ではありませんし、そこでコミュニケーションが生まれることもままあります。
このような、目に見える・見えざる繋がりは非常に重要です。特定の人権課題(例えば、私の場合は紛争影響地域におけるビジネスの人権対応)について、グローバルな専門家とネットワークを持つことで、具体的な対応について助言や示唆を得ることもできますし、自分の専門外の課題について、専門家を紹介してもらうこともできるでしょう。
わざわざジュネーブにまで来ているということは、人権について真摯に考えていることの一つの証です。立場は違えど、問題意識を共有している者同士という、信頼関係の構築の一助にもなります。

三つ目のメリットは、人権対応に関する対話に慣れることができる点です。
企業人から見た場合、「ビジネスと人権」における対話の仕方や、そこで用いられる言葉には一種独特なところがあると感じられると思います。また、人権問題が発生したときのNGOやライツホルダー(企業の活動を通じて人権を侵害されている、またはされる可能性がある人々)との対話に苦手意識を持っていることも少なくないのではないでしょうか?
このような苦手意識の払拭をするための、一番の方法は自社において人権問題が発生し、対話をする状況に迫られる中で、経験を積むことですが、全ての企業がそのような場面に直面する訳ではありません。
人権フォーラムなどの国際的な場に参加すると、「ビジネスと人権」に関するやりとりを浴びるほど聞くことで、対話の仕方や、言葉遣いにも自然と慣れることができます。NGOをはじめとする市民社会側の問題意識も分かるようになり、自社において人権問題がないかどうかを意識するきっかけにもなるなど、良いこと尽くめです。

参加が難しい場合はアジア版のフォーラムに

今回のフォーラムでは、前年以上に日本企業からの参加が多く、また、1社から複数人を派遣している企業もあるなど、日本企業の関心の度合いはますます強まっていると感じます。ただ、日本企業の世界における存在感を考えると、もっともっと増えてほしいと思います。
日本からの参加が少ない背景には、やはりジュネーブは遠いということがあると思います。航空機代や滞在費、時間的コストも含めてハードルが高いのも事実でしょう。しかし、フォーラムの参加費用自体は無料であり、上記のようなメリットを考えると、(あまり好きな言い方ではありませんが)コスパ・タイパは非常によいと思います。

そこまではできないという企業の方は、年に1回バンコクで開催される、「責任あるビジネスと人権フォーラム」に参加されるのもいいかと思います。昨年は関係者のご尽力により、日本企業向けに多くの魅力あるサイドイベントも設けられており、私も大いに勉強をさせてもらいました。
この記事を読んでくださった方と、ジュネーブ・バンコクでお目にかかるのを楽しみにしています。会場でお見かけになった際にはぜひお声がけください!