多様化する社会課題へのアプローチ。企業活動の役割と進化


近年、企業の評価基準は、売上や利益だけではなく、環境や社会に関する課題にどう対応し価値を提供するかにも及んでいます。これらの課題への取り組みは、投資家、取引先、消費者、求職者からの評価の重要な基準となっています。企業が長期にわたって存続し続けるためには、利益追求だけでなく、社会にとってのポジティブな影響を考慮することが不可欠です。
一方で、社会課題は多様化しており、それに応じて企業の対応方法も変わりつつあります。
今回は、変化する社会の中で、企業による社会への貢献が今どのように位置づけられているのかを考えていきます。
社会課題に挑む新たな企業形態「インパクトスタートアップ」の台頭

最近、相談を受ける中で、ESG経営やサステナビリティ経営が上場企業や大企業に広がっていることを感じます。この動きの中で、今、注目されているのがインパクトスタートアップという「社会課題の解決」と「持続可能な成長」を両立させる企業の新しい形態です。
2022年10月に設立された一般社団法人インパクトスタートアップ協会には、2025年3月時点で200社以上のスタートアップ企業が会員となり、コンソーシアムを形成しています。これらのスタートアップ企業は情報共有やロビイング活動を通じて、インパクトスタートアップの成長環境の構築や政府・行政との協創の場の創設を目指すことで社会課題の解決に取り組んでいます。スタートアップならではの柔軟性とイノベーション、新しいテクノロジーを活用することで、これまでビジネスでは対応困難だった社会課題に挑戦し、持続可能な社会の実現に貢献しています。
大企業にはないスタートアップの機動性と新しいアプローチが、社会にポジティブな影響を与えると期待され、投資家の注目も集めています。
インパクトスタートアップの登場により、企業が対応できる社会課題の範囲は広がりを見せています。しかし、経済合理性があるビジネスとして成り立たない、すなわち市場原理での解決ができない社会課題について企業が対応することはまだ難しいとされています。
大手企業もスタートアップも株式会社であり、最終的には営利を目的としています。企業の主な使命は収益を上げ、その利益を出資者に還元することです。そのため、経済合理性が欠ける活動に大々的に予算を投じ続けることは難しいでしょう。
ESGやサステナビリティへの注目が高まる現代社会においても、経済合理性を超えた取り組みには限界があり、企業単独で全ての社会課題を解決することは不可能といえます。
多様化する社会課題への新しいアプローチ「共助資本主義」

これまで、企業だけでは対応しきれない社会課題には、国や地方自治体などが行政サービスとしてサポートを行ってきました。例えば、貧困問題や難病の問題など、ビジネスとして取り組むことが難しい社会課題は、行政が社会的弱者の支援という形で長年取り組んできた大きなテーマです。
行政の取り組みにも限界が存在します。予算額の問題があり全ての社会課題に対応することは難しく、また、予算編成のプロセス上、原則として前年度に次年度の予算を作成し議会での承認が必要で、迅速かつ柔軟な対応が難しいという点です。このような背景の中、経済合理性の範囲外で、行政の手が届かない社会課題に積極的に取り組んでいるのがNPOやNGOなどの非営利団体です。
しかし、社会課題の多様化と複雑化、さらには社会環境の急速な変化の中で、従来の仕組みだけで問題を全て網羅するには限界があります。
この状況に対処するため、「共助資本主義」という新しい考え方が提唱されています。これを象徴する取り組みの1つが、経済同友会、インパクトスタートアップ協会、そしてNPOの業界団体である新公益連盟の3団体が2023年に調印した、共助資本主義の実現に向けた連携協定です。ここで、制度改革や様々なセクターとの協働を通じて国内外の様々な社会課題を解決することを目指すことを提唱しています。
2023年9月には初めての大規模な会合が開催され、現在、様々な連携の方法が模索されています。2025年1月には、共助資本主義を企業経営において実践する「共助経営」についての考え方と、企業がソーシャルセクターと連携し社会課題解決に取り組む上でのキーポイントをまとめたガイダンスが公表されました1。これまで個々の企業が独自に行っていた寄付やボランティア、プロボノ活動などの取り組みが、企業、スタートアップ、NPOが互いの強みを活かし弱点を補い合う形で社会課題解決の活動に組み込まれる流れがあり、今後の発展が期待されています。
企業の社会課題への取り組みがもたらす影響

社会の大きな流れの中で、企業の社会貢献活動のあり方や意義も変わってきています。大手企業、スタートアップ、NPOが協力して社会課題に取り組む「共助」のシステムが進展すれば、社会にポジティブな影響をもたらすでしょう。しかし、このアプローチで全ての社会課題が必ずしも解決されるわけではありません。カバーしきれない、または解決できない問題が生じるでしょう。
例えば、難民や移民の問題は、日本の労働力不足を背景に、 非常にデリケートで大きな課題の1つです。このような大きな社会課題に対して、「共助」のアプローチや行政のサポートだけでは対応しきれない場合、NPOの活動が引き続き必要であり、その活動資金として企業の寄付や支援が必要となってくるでしょう。
インパクトスタートアップの台頭や「共助」のアプローチの進展を踏まえても、大きな社会課題の解決のために、NPOが果たすべき役割は引き続き存続すると思われます。そのような中で、企業による寄付やCSR活動は、NPOが社会課題に取り組むための支援として、今後も重要な役割を果たしていくでしょう2。
1「ソーシャルセクター連携」 のすすめ ~共助経営のためのガイダンス~
2以上について、小沼大地「社会課題解決の主役はNPOよりもスタートアップなのだろうか?」、「NPOと経済界の連携のこれからを想う」参照。