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西村高等法務研究所(NIALS)CLOUD Act(クラウド法) 研究会報告書 Ver.2.0

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西村高等法務研究所(NIALS)CLOUD Act(クラウド法) 研究会報告書 Ver.2.0

- 企業が保有するデータと捜査を巡る法的課題の検討と提言 -

企業におけるデータの蓄積が進み、また、データが国境を越えて活発に移転するようになった昨今においては、国内で犯罪が行われていても、当該犯罪の捜査にとって重要な証拠となるデータを企業が保有し、しかも、当該データを保存したサーバが国外に所在する場合が増えており、被疑者の端末内に保存されたデータを取得することのみならず、企業が国内外において保有しているデータを取得することの重要性が高まっています。こうした中、世界各国において、企業が国内外で保有するデータの取得を巡る検討が進んでおり、2018年3月には、米国において、捜査機関が、企業が国外に所在するサーバに保存しているデータの開示命令等を行う際の手続きを明確化したClarifying Lawful Overseas Use of Data Act(以下「CLOUD Act」といいます。)が成立しました。

NIALSは、2019年3月、宍戸常寿東京大学大学院法学政治学研究科教授(座長)、石井由梨佳防衛大学校人文社会科学群国際関係学科准教授及び成瀬剛東京大学大学院法学政治学研究科准教授を委員として、日本における米国CLOUD Actへの対応を出発点に、企業が保有するデータの捜査目的での取得に関する法的課題等の検討を行う「CLOUD Act(クラウド法)研究会」(以下「本研究会」といいます。)を設置しました。本研究会は、同年12月に、その成果を取り纏めたものとして、「西村高等法務研究所『CLOUD Act(クラウド法)研究会報告書』 - 企業が保有するデータと捜査を巡る法的課題の検討と提言 - 」(以下「本報告書」といいます。)を公表しました。

西村高等法務研究所(NIALS) CLOUD Act(クラウド法) 研究会報告書 - 企業が保有するデータと捜査を巡る法的課題の検討と提言 - (2019年12月)

そして、本報告書の公表後、企業が保有するデータの捜査目的での取得を巡って、国内外で様々な動きがあったことから、本研究会は、2022年8月以降、本報告書のアップデートに向けた検討を行い、2023年4月、本報告書をアップデートいたしました。アップデートされた本報告書の提言の柱は、以下の各点に集約されます。

1    企業が保有するデータを取得する捜査手法の更なる活用と新たな制度設計の検討:

 企業におけるデータの蓄積が進んだ昨今において、捜査機関としては、企業とも連携しながら、データ主体や企業の利益にも配慮しつつ、企業が保有するデータの効率的かつ実効性のある取得を実現すべきである。そのための制度として、現行法上、記録命令付差押えが存在し、積極的な活用が期待されるが、課題も存在する。そのような中、現在、法務省の法制審議会・刑事法(情報通信技術関係)部会において、令状手続の電子化・オンライン化や、電磁的記録提供命令の創設に向けた検討が行われており、これらが実現することで、捜査機関と企業の間の円滑な連携を通じたデータの効率的かつ実効性のある取得が更に促進されることが大いに期待される。これらの制度の設計にあたっては、データを保有する企業に対するオンラインでの令状の呈示及びデータの提出におけるセキュリティの確保や、データ主体に対する事前又は事後の通知等の手続の公正性・透明性の担保、秘密保持の義務付け制度等の拡充、データの保護に関する他の法令との関係性の整理等の様々な検討課題があるところ、こうした検討課題について、技術革新・捜査の高度化や国内外の企業の対応方針・対応状況、諸外国・国際的なフォーラムにおける動向も踏まえつつ、捜査機関の捜査能力と関係者の権利保護の双方を強化する方向で、議論を深めていく必要がある。
 また、企業が保有するデータを取得する捜査手法としては、他にも、データが保存されたサーバに捜査機関が自らアクセスしてデータを取得する方法(リモートアクセス)がある。このような捜査手法には、企業に対してデータの提出を求める捜査手法とは異なる有用性がある一方で、今後、データ主体やサーバ管理者である企業の利益や手続保障に配慮する制度設計を更に検討することが望まれる。
 加えて、取得したデータの公判での利用も見据えた検討も求められる。この点、法務省の法制審議会においては、データが証拠として提出された場合の公判における取り調べ方法等について検討が進んでいるが、更に進んで、裁判所において証拠として提出されたデータの真正性や証明力を適切に評価するための、客観的な指標(標準等)を構築することが望ましい。

2    捜査目的での越境的なデータの取得に関する国際法上の議論の深化と国家間の枠組み構築への参画:

 各国の捜査機関が国外に保存されたデータを取得する方法を巡る国際法上の評価については、国内外で議論が行われている。国際法上、他国の領域における管轄権の行使は主権侵害に当たるが、他国領域に所在するサーバに保存されたデータを捜査により取得することは、例えば、国内の企業に対して国外に保存されたデータの提出を命じる場合等、手法次第では必ずしも他国の領域における違法な管轄権の行使とはいえないと整理することも可能である。日本でも、令和3年最高裁決定を契機として、越境的なデータの取得に関する手法やその限界についての議論が進展しているが、適切かつ迅速に国外に保存されたデータを取得することの重要性に鑑みて、他国の主権を尊重するとの姿勢を堅持しつつ、国際法に適合的な手法の検討を深化させるべきである。
 国際連携の進め方については、サイバー犯罪条約と同第二追加議定書のような、多国間での枠組みを構築するアプローチのほかにも、CLOUD Actが定める行政協定が想定しているように、二国間(又は複数国間)の枠組みを積み重ねていくアプローチも想定できる。日本としては、多国間の枠組み構築に向けた議論にも参画しつつも、信頼ある自由なデータの流通(Data Free Flow with Trust)の理念に沿って、例えば、企業が保有するデータへの公的機関によるアクセス(ガバメントアクセス)に関するOECDガバメントアクセス宣言のような国際的に認められた原則や基本的な価値観を共有する有志国間で、そのような二国間(又は複数国間)の枠組み作りを着実に先行させていくことが効果的であると考えられる。今後、日本国内で電磁的記録提供命令その他の制度整備が進めば(提言1参照)、米国をはじめとする有志国との二国間(又は複数国間)の連携を可能とする制度的な下地も整うことになるため、有志国との国際協定の締結のために必要な法的論点の検討を進めておくことが望ましい。

3    企業におけるガバメントアクセスに対する透明性確保の取組の推進:

 企業が保有するデータの捜査目的での取得について、データ主体や市民社会の理解を得る上では、政府レベルでの取組に加えて、ガバメントアクセス要請についての対応状況を集計した透明性レポートの公表や、対応方針の作成・公表など、ガバメントアクセスに関する透明性を確保するための企業や産業界側での自主的な取組も重要となる。
 このような取組は、企業にとって、データ主体である利用者に安心感を与え、市民社会全体の企業に対する信頼も向上し、長期的には企業の競争力の源泉や利益にも資するものである。そこで、今後、企業や産業界側においても、ガバメントアクセスに関する透明性の確保に向けた具体的な取組(捜査機関からの情報開示要請への対応方針や対応状況の開示等)についての議論が更に深まり、その実践も増えていくことが期待される。

著者等 Authors

藤井 康次郎

藤井 康次郎 Kojiro FUJII

  • パートナー
  • 東京

競争法の分野においては、多数の談合や国際カルテル事件、日本内外の企業結合審査対応、優越的地位濫用事件や最新のプラットフォームやデジタル関連の単独行為事案などを手がけてきている。また、資源の寡占・独占への対処案件やLNGのアジア市場における競争環境を促進するための案件も手がけるなど、資源エネルギー分野にも強みを有する。

国際通商法の分野では、経済産業省の政府内弁護士として、中国レアアース事件をはじめに多くのWTO紛争を担当。当事務所においても、国内外のアンチダンピングや補助金相殺関税の申請活動や応訴活動を常時手がけているほか、WTO紛争解決手続への参加を含むWTO協定に関する案件、CPTPP、日EUEPA等の経済連携協定に関する案件、投資協定仲裁に関する案件、輸出管理、投資規制、経済制裁をはじめとする経済安全保障分野の案件を多く手がける。

近年はこうした分野の知見・経験を活かし、デジタル分野の法政策・規制やサスティナビリティ関連の公共政策に関連する案件への取組みも強化している。

北條 孝佳

北條 孝佳 Takayoshi HOJO

  • パートナー
  • 東京

企業の危機管理、特にサイバーセキュリティ対策及び対応について多数の案件を経験。10年以上、警察庁技官として数多くのサイバー攻撃やサイバー犯罪事案の捜査にかかわり、技術的な支援を実施。現在も内部犯行事案やサイバー攻撃被害企業への支援、デジタル・フォレンジック対応等、様々なサイバーセキュリティに関する案件に従事。技術的バックグラウンドを持ち、ネットワーク、データベース、プログラミング、マルウェア、ランサムウェア、ダークウェブ、インテリジェンス、ペネトレーションテスト等がかかわる案件にも対応している。
また、複数の委員等に就任し、国立研究開発法人情報通信研究機構の招聘専門員や日本弁護士連合会の情報セキュリティWG委員、埼玉県警察本部のサイバー犯罪対策技術顧問等に就任している。

石戸 信平 Shimpei ISHIDO

  • パートナー
  • 東京

国際投資紛争解決及び貿易救済関係紛争解決の分野において幅広い実績を有しております。国際投資紛争関係では、ICSID、UNCITRAL、ICC仲裁規則が適用される仲裁案件において企業又は政府を代理、助言しており、通商関係では、外国政府によるアンチ・ダンピング税・補助金相殺関税の賦課手続に関し、企業に助言を行うとともに、貿易救済措置を対象とするWTO紛争解決手続をも手掛けています。

また、紛争解決以外でも、様々な分野の国際法(投資保護、経済制裁、政府調達、サービス貿易、電子商取引、主権免除・外交特権、海洋法および宇宙法を含む。)の遵守、実施等に関する法的諸問題について企業および政府に助言を行っております。これまで手がけた案件には下記のものを含みます。
①アジア太平洋地域および中央アジア地域の国々の政府職員向けの、国際投資法およびサービス貿易協定交渉に関するトレーニングの実施
②政府調達協定(GPA)および経済連携協定の適用対象となる公共調達手続についての助言
③外国政府・国際機関と私企業との間の契約に関する主権免除または外交特権の問題についての助言
④私企業による月その他の天体における宇宙資源開発から生ずる国際法上の問題についての助言

西村あさひ参画前には、外務省に任期付弁護士として奉職し、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、日EU・EPA、日ASEAN包括的経済連携協定、日豪経済連携協定、日モンゴル経済連携協定、日モザンビーク投資協定等、多数の投資関連協定の交渉、締結、国会承認手続を手がけておりました。